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大阪府出身 竹下裕子さん
 

日本人にはもちろんオーストラリア人に大人気の回転寿司『 Ace Wasabi's Sushi Place 』。経営者である竹下裕子さんがお店のロゴマークをデザインされたそうです。もともとグラフィックデザイナーとしてご活躍されていた竹下さんですが、現在のお店を経営するにいたったいきさつやビジネスに対する思いなどを伺ってみました。

  竹下さん
 
オーストラリアに来られたきっかけは?
竹下さん
「もともとは父が持ち出してきた話でオーストラリアへ移住することになったんです。実際に引っ越してきたのは1990年で、親が来たので、しょうがないから一人っ子のわたしも一緒に(笑)」
もともとはグラフィックデザイナーだったんですよね?
竹下さん
「小さい時から絵のほうへ進みたかったんですけれど、両親が商売人やったから、『絵なんかで食っていけるか!』っていう感じだったんです。でも結局は絵のほうへ進んだというか、移住してきた当時はゴールドコーストにデザイン学校がなかったんで、現場でグラフィックデザインを習ったんです。友人の店のロゴデザインを手でしたのがきっかけで、それをTシャツにしたいということで、工場へ持っていったんですね。そうしたら、そこの工場の人が親切で、版の起こし方やコンピューターのソフトについて教えてくれたんです。それからちまちまとデザインをするようになったんですけれど、ここでは予算、素材、デザインに対する理解に限界があったんです。当時は今みたいに市場に予算のある企業があまりなかったので、広告やデザインに使える予算は最後になるんですね。だから、『ここでやっていてもデザインするに当たっての壁がありすぎる!』と思ってアメリカへ行ったんです」
アメリカにはどれくらい滞在されたのですか?
竹下さん
「やっぱりタイミングってあるんですね。人生、追い風の時と向かい風の時があって、アメリカ行きを決めた前後は向かい風でしたね。サンフランシスコに半年間いたんですが、あてにしていた仕事に結局つけなかったんで、日本へ行ったんです。で、東京の友人に旅行気分で相談に行ったところ、やはり東京での就職活動決意したんです。そうした時に某大手企業のスポーツカジュアルウェア部門の面接のチャンスに巡り合い、合格してしまったんです。そこで、洋服の生産管理やマーケットリサーチなんかをしていたんですが、もともと自分の創造性を生かしながら将来的にしっかりしたポジションにつくこと、あるいは独立することを目指してしていたんですが、働いていくうちに日本の大企業の総合職で働く女性の現実、実態が見えてきました。またファッション業界の大きなリスクが見え出したので、自分はやっぱり、自分の力、デザイン性が主体になって、在庫をかかえなくていいグラフィックデザインやと。それで、またアメリカへ戻って、もともとやっていたグラフィックデザインの勉強をしなおしました。我流でデザインしていると、自分で不安になってくるんですよ。自分の立ち位置と言うんですか? この程度でいいんやろうか? 幸いにもアメリカ在住中もブランドのトレンド予測の翻訳の仕事を在日中お世話になった会社からまわしてもらい、バークレー大学付属専門学校でグラフィックデザインを勉強して自信をつけ直しながら、世の中のトレンドの流れをリアルタイムで勉強できました。そして、そのまま本場アメリカで就職しようと思ったら、扉はあるんですけど、それを開ける鍵がないんですよ。そう、就職口があってもビザが無い。仕事が出来ても、学歴が無い、だからビザも取れない。当時米ドルが非常に強力だったので経済的にもキツかったですし、私程度の給料を米ドル換算するとたかがしれていて、弁護士にそんな給料の人間はアメリカには掃いて捨てる程いるといわれました。それが現実でしたね、悔しかったです。日本ほど学歴社会じゃないと言われていても、長期的なビザを取るというのは国が人を輸入するのと同じことですから、審査をするのには紙に書いたものが必要なんです。それが学歴というものだと打ちのめされました。日本でコネや肩書きも無く就職できた有難さを改めて実感しました。大学の面接に行くと、その技術があるんだったら大学院に行けばと言われたんですが、大学を出てないとわかると、まずどこでも良いから大学を出てきなさいと言われましたね。で、大学に進もうと思ったんですが学費が高くて行けないんですね。その費用たるやオーストラリアだと家一軒建つぐらいで(苦笑)。それでオーストラリアに帰ってきたんです」
その後『 Ace Wasabi's Sushi Place 』を始められたきっかけは?
竹下さん
「2000年に帰ってきて、この商売を始めたのが2001年かな。もともと移住してきた時に両親が商売をしていて、でも、かなりいろいろとあって、散財したんですよ。だから、わたし自身は商売をする気はなかったんですが、当時64歳の母が『もう一回商売して、ひと花咲かせるんや〜』と頑張っていたんですね。でも現実は、年齢のせいでファイナンスが段取れなかったりして。それならわたしが商売しますということで、ここを買ったんです。それにひと財産なくしてしまった母親に早く落ち着いた『住みか』をプレゼントしたいのと、心ない人たちも見返したかった。それが今から6年前です。たまたま友人がここでシェフをしていたので、いろいろ内情を聞いてみて、この店やったら広げていく可能性が大きそうやし、やっていけるやろうと」
実際に商売を始められていかがですか?
竹下さん
「キッチンにはヘッドシェフがいて、最近はフロアにもマネージャーをおけるようになってたんで、わたしは雑用が多いです。パシリですよ、パシリ(笑)。今までの経験で培ったブランディング力を使ってショップ展開をしています。これは褒め言葉としてとったんですけれど『フランチャイズですか?』って聞かれるんですね。それはやっぱり、ロゴマークや店の雰囲気など、ビジュアル的なアピールと商品管理がちゃんとできているからだと思うんです。でもね、商売していると突き当たる壁もホントに多いんですよ。子供もできて、旦那もいますから『やめようかなぁ、やめようかなぁ』と思うんですけど、結局『あと、もう少し』と、マラソンを走っている気分で続けていますね。やはり継続は力なりなんでしょうか」
それでは最後に、今後の夢をお聞かせください。
竹下さん
「ゆっくりでもいいから、確実に商売を広げていきたいですね。商店街の一寿司屋さんで終わるのか、企業価値を高めていけるかの違いで、わたしとしてはやっぱり、一寿司屋で終わりたくないんですね。勝負する以上は勝ちたい。それが自分をプッシュしてくれる原動力ですね。それと、さっきの両親の話もあるんで、成功して見返してやりたいという気持ちもあります。目指すものによるのですが、企業的成功を目標としている私としては、まずは商品にお客さんがついてくる店を作りたいですね。人や場所にだけお客さんがつく店だと、特に人の入れ替わりの激しい立地ではそれ以上ビジネスとして広がらないんです。まずいい商品と値段だと思うんです、そして人。商品やサービスを他のスタッフに伝授してくれているのはヘッドシェフとオペレーションマネージャーですから、スタッフはとても大切だと痛感しています。商売は一人では出来ません。人を使うは苦を使うといいますが、人がいるから自分がいる。みんな持っている才能も違います。1本の矢より3本、3本より10本の矢です。どの国にいても、人に助けられました。あと、創造性は商売でも大事だと思います。子育てが落ち着いたら徐々にクリエイティブなフィールドにも復帰したいと思っています」

16年前のゴールドコースト移住から現在まで、さまざまな経験をしてこられた竹下さん。商売の酸いも甘いも噛み分ける女性経営者として、日々奮闘していらっしゃいます。ちょうどランチの時間帯にインタビューさせていただいたのですが、店内は常に満席状態。次から次へとオージーのお客さんが席に着き、慣れた様子で目の前のお寿司に手を伸ばしていました。握りや巻き物のほか、オージーに人気のシェブロンロール(サーモンとアボガド)やエビフライロール、揚げシュウマイやコロッケ、お刺身等、幅広いメニューが魅力的です(満喫写真館参照)。日本のビールや焼酎、梅酒などアルコール類も豊富に揃っているので、ご家族やご友人との集まりに、またはオージー仲間と一緒に楽しめるお店です。

『 Ace Wasabi's Sushi Cafe Chevron Island 』
Shop17, Triangle Arcade, 37 Thomas Dr.
Chevron Island, QLD4217, Australia
電話: 07-5538-8610
営業時間: 11:30〜21:00
年中無休
『 Ace Wasabi's Sushi Place Lakeview 』
『 Ace Wasabi's Sushi Cafe Coolangatta(2007年末オープン予定)』もよろしく!

取材・文・撮影/城文子
インタビュー/2006年10月04日