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千葉県出身 山口こずえさん
 

ゴールドコーストにある私立病院で看護師として働く山口こずえさんにお会いしてきました。夜勤あけだったにもかかわらず、オーストラリアで正看護師の資格を取得するまでのご苦労話やオーストラリアの看護事情などを詳しく語っていただきました。

  山口さん
 
オーストラリアに来られたきっかけは?
山口さん
「9年前にワーキングホリデーで来ました。人生の中で、1年だけ長いホリデーがあってもいいんじゃない? と思ったのと、高校卒業時より、海外に興味を持ち、海外旅行へ行っていましたが、ローカルの人たちと関わりながら一度は海外で暮らしてみたいなと思っていました。また、以前から英語にも興味があって、話せたら良いなと思っていました。でも、一年間で英語がペラペラになるわけがないですよね。甘い考えでした(笑)。ビザが取り易かったというだけで`オーストラリアを選んだだけなのに、早在豪9年目にいたります」
ワーキングホリデー期間が終わった後、なぜここに残ろうと思われたのですか?
山口さん
「もちろん一年間で英語が話せるようにはならないですよね? で、そのまま帰ったところで英語を使って何かできるわけでもないし、胸を張って何かをしてきたとか、何ができるとか、正直、人に言えることが何もなかったんですよ。何か人に見せられる物、自分が何をAustralia でしたのかを形に残したかったんですよね。それで、何か英語で資格を取ろうと思って、TAFEのナーシングコース(看護コース)に行くことにしました」
ナーシングコースですか?
山口さん
「ええ、日本で看護師として働いていたので。実は、看護師を辞めた理由は、“Burnt Out”してしまったんですよ。看護師の仕事に疲れてしまって……。親がいつも『石の上にも3年、3年位一つのことを続けられなかったら、どこに行っても何もできないよ』と言っていたので3年働きました。日本では准看護師で3年、正看護師で3年と少し働いていたんですよ。なので、こちらで学校を選ぶ時に『日本でやっていた仕事だし、日本語から英語に訳すだけだろうと。全く初めてのことを英語で勉強するよりも、簡単かな?』と思ったんですよね。そのコースは准看護師の学校だったから、正看護師として働いていたわたしがスタックする(つまづく)わけないだろうと思ったわけです。バカでしょう?(笑)? 馬鹿でした」
実際、TAFEでの勉強はいかがでしたか?
山口さん
「相当泣きましたね。一年半のコースで、36人の生徒の中にわたし一人だけが留学生でした。先生のところへ質問に行っても『あなたの質問がわからないから、もう一度整理してから来て』とか、先生に見せに行っても文法がめちゃくちゃだからやり直しというのが何度も続いて、正直、初めの6ヶ月は自分で選んだ事を後悔していました。毎日『今日で最後。明日は、日本に帰ろう!』『やりたいことと出来る事はきっと違う、やりたかったけど自分はきっと出来ないんだ』と思い落ち込みましたね。毎日復習・予習をして勉強しているのに授業が分からない、先生の言っている事が分からない……。そんな毎日でした。毎日落ち込んで辛くて、泣きましたね」
英語の壁にぶち当たったわけですね?
山口さん
「ええ。めちゃめちゃぶち当たりました! 自分の聞き取り英語力が信用できなかったので、先生に『聞いていると書けないし、書いていると聞けません。なので、先生のファイルを授業前にください』って言って、授業の前に全部借りてコピーさせてもらっていました。それを元に授業中、先生の説明を理解することが出来ました。だから、クラスでは人気者でしたよ。先生のクラスノートを全部持っているじゃないですか? 『昨日休んじゃったけど、コズは授業のノート持っているでしょ? 貸して』みたいな(笑)。そういう面ではすごく人気者。みんなに声をかけられる。でも、誰もわたしとはアサイメントはやりたくないんですよね。なぜなら言葉の問題があるから、一緒に組むと時間がかかるんですよ。でも、しばらくしてから、何人かのクラスメートが私と一緒にアサイメントしようって言ってきてくれたんです。嬉しかったですね。大袈裟じゃなくて、ホント、涙が出るほど嬉しかったですよ。そのクラスメート達とは、今でも連絡を取っています。何度も何度も、どれだけ私とのコミュニケーションが大変だったかを未だにからかわれています」
日本での実務経験は学校の勉強に役立ちましたか?
山口さん
「ええ、勿論、技術的には役に立ちますよね。例えば、みんなは准看護婦の学校にきていて、勿論いろんなことが初めてじゃないですか。例えば血圧ひとつ測るのに20分も時間がかかっていたり。それが、当然の事ながら私は、何の問題も無く出来ちゃう訳ですよ。注射の練習があると、わたしは100点をもらえるんですよ。実技だと全部100点なんですけれども、例えば二等筋、三等筋っていうのが英語で言えないし、覚えられなかったんですよね。今は勿論覚えているし、言えますよ(笑)。先生にしてみたら、この子はわかっているのか、わかっていないのかどっちなの? って。やらせてみたらできるけれど、書かせたり、言わせたりしたらできないという、すごく不思議な生徒だったんです。卒業する時に『先生、本当にありがとう。こんなにサポートしてくれなかったら、絶対にわたしは卒業できなかったと思う』とお礼を言いに行ったんですよ。そしたら、先生の方も『わたしもあなたがここまでやるとは思わなかった。最初はわたしたちも、あなたをどう扱ったらいいのかわからなかったわ。いつ辞めても不思議じゃなかったし、卒業できると思っていなかった。よく頑張ったわね』と涙を流して言われました。相当ストレスをかけていたんでしょうね(笑)」
TAFE卒業後は大学へ進まれたんですよね?
山口さん
「TAFEでは人生の中で一番頑張ったと思うぐらい勉強しました。日本の看護師国家試験の時よりも勉強したと思うくらい勉強したので、それを無駄にしたくないなと思ったんです。それと、わたしは日本で大学をでていないのでそれがいつもどこかでコンプレックスだったんですよ。実際、学士を手に入れてみたら何も大きな変わりはなかったんですけどね。日本で、一度社会に出ると、大学への再入学って大変じゃないですか、試験とか……。で、そのままオーストラリアで大学にいく事を決めたんです。それで、グリフィス大学に入り、バチェラー(学士)は2002年の12月に、それから2004年の8月にグラジュエイトサティフィケイトのコースを無事卒業してようやくオーストラリアの正看護師の免許と大卒資格を取りました」
大学卒業後、こちらで看護師として働こうと思われたのはどうしてですか?
山口さん
「わたしが日本にいた時には、患者さんは医師に言われたから薬を飲んでいる、だって先生が出してくれたから、みたいな。何の為に飲んでいるのかを分かっていない患者さんを多く見てきました。でも、こちらでは、患者さんの殆どが『私の既往歴はこれです。それに対してこの薬を飲んでいます』と自分の病状、薬についての情報(服用の理由、作用・副作用、服用量、回数等)を持っています。ほぼ100%自分の体について理解しています。そういうところがすごく気に入ったのと、日本もきっとこれからは患者さんがもっと自分の体、内服する薬などに対して興味を持っていくようになるだろうなと思った事。それともう一つ、自分の国とその他の全く文化や言葉の違う国で働ける人ってどのくらいいるのかと思ったら、せっかく取った免許を無駄にせず、そのラッキーなチャンスをそのままつかんでみようと思った事。どれだけ自分が頑張れるか試してみたかったんですよね」
苦労して就職先を見つけられたそうですが、実際働いてみての感想は?
山口さん
「正直言って、半分半分の気持ちです。英語に対して自信がないから、わたしはこれぐらいでいいだろうっていうのが一つ。それから、オーストラリアの学校を卒業して今年で2年目なんですけれど、二十歳そこそこの新卒ナースとわたしはお給料が一緒なんですよ(日本の看護師の免許・経験は、英語が日常的に使われていない為カウントされない)。例えば、日本では普通にやっていた採血とか、点滴の注射針の挿入とか、わたしは問題なくできるんですが、同じお給料をもらっている人たちができなかったりするんですね。そういうのを考えると『わたしはこの人たちよりできるぞ!』と。それは、今までのバックグラウンドがあるからしょうがないよと言われたらそうなんですけれど、もうちょっとお金をもらってもいいかなって(苦笑)」
オーストラリアの看護事情は日本とかなり違いますか?
山口さん
「違いますね。まず、看護師の社会的地位は、日本よりも専門職と言う観念が強いように感じます。日本のような性的イメージは全く無いですね。日本よりももっと色々なことに対して責任があるのと、もっと色々な手技が必要になりますね。例えば、首の辺りから心臓まで入っている管も看護師がガーゼ交換をしたり、管を抜いたり、抜鋼したり、看護師の看護アセスメントに基づいて血液検査や、傷口のスワブ等々ということまでします。看護師はレベル分けされています。私は現在レベル1で、いわゆる 一般看護師にあたります。レベル2と言うのは日本で言う専門看護師にあたります。こちらでは、常にレベル2ナースが看護処置等に対してコンサルタントとして常勤しています。現在、日本には私が聞いたところによると、専門看護師と呼ばれる看護師は20人位しかいないそうです。もっとレベルの高いナースになると患者が急変した場合に、医師のように注射や、点滴の指示を私たちに与えたり、自分で処置をしたりという事も出来ます。その後、医師に事後報告、という処置が彼等の責任に於いてなされます。そんな資格を持っている人は日本にいないですよ。それを見たときに、『あぁ、すごいな。これが海外の看護だ!』ってびっくりしました」
緊張感の漂う職場だと思いますが、リフレッシュ方法は?
山口さん
「お友達に会うことです! 右も左もわからない、英語もしゃべれないわたしがゴールドコーストに来て、ここまでこられたのは、本当に良い友達に会えたからです。これから来る方たちに伝えたい事は、まず、何よりも自分と感覚で物を考えられる友達を見つけること。本当に信用できて、自分の本当の姿をさらけ出せるようなベストフレンドを作って頂きたいですね。一緒に泣いたり、大笑いできたりする友達って、海外では特に重要だと思います。そういう友達がいないと、海外での生活ってすごく難しいと思うんですよ。わたしはラッキーなことに、来豪初日にベストフレンドとなる人に出会い、その人を通じていろんな人に出会ってきました。そして辛い時や落ち込んだ時、心配して声をかけてくれたり、連れ出して元気付けてくれたり、『大丈夫?』って何も言っていないのに分かってくれたり。『あなたならこんな事も出来るはずでしょ?』って叱咤激励してくれたり。正直、時々、ものすごく厳しいですよ。でも、私の周りは、皆本気で色んなことに取り組んでいるので、こちらも本気で相談できるし、話せるし。本当に役に立つコメントがもらえるんですよ、毎回。彼女たちの存在はすごく大きいですね。彼女たちと出会えなかったら、今の私はここにはいないし、ここまで色々な事を乗り越えて来られなかったと思っています」
それでは最後に、オーストラリアで病院へ行くことになってしまった患者さんへアドバイスをお願いします。
山口さん
「もし何か、飲んでいるお薬があったら、その情報を把握していただいて、医療従事者に伝えて頂きたいですね。たとえば、抗血液凝固剤など重要な薬は特に知らせて頂きたいですね。それから、例えば日本で精神科系のお薬を飲んでいたとか、精神科医にかかっていたいうのはすごく大事なことです。オーストラリアでの暮らしは環境が違うので、ストレスに追い込まれたり、精神的に追い込まれる時もあり、再発・悪化することもあるんですね。ですから、既往症歴等がある方は早めに申告して頂くと、早く効果的な治療が受けられます。例えば、『白い錠剤を飲んでいます』って言われても、いっぱいあるじゃないですか? 正直困ってしまいます。日本名でいいからお薬の名前をお知らせ頂けるとと、わたしも医師への伝達が楽かなと(笑)」

オーストラリアの看護師資格を取得するという目標に向かい、ひたむきな努力を続けてこられた山口さん。ご苦労話もハキハキした話しぶりでさらりとお話になりましたが、日本人がオーストラリアでオーストラリア人と同じ土俵にたつ厳しさは計り知れません。それを支えてくれた親友たちとの関係に、とにかく感謝されていました。患者さんへの細やかな気配りや日本人特有の勤勉さで「日本人はここまでできるぞっ!」とオーストラリア人にアピールする……それが山口さんの願いです。

取材・文・撮影/城文子
インタビュー/2006年09月29日