| オーストラリアに家を持とうと思われたきっかけは? |
| 幸一さん |
| 「1985年頃、デパートの家庭外商部が、ある一定以上の生活をしている家庭にものすごく活発にいろんなものを売り込んでいたんですよ。骨董品だとか海外旅行だとかね。そのうちの一つが海外に不動産を買いませんか? というもので、その売込みをうちの奥さんところへ持ってきたんですよ」 |
| 喜美江さん |
| 「ちょうど主人の関係の方々が皆、国内に別荘を持ったときで、『あぁ、いいなぁ……』と思ってそのパンフレットを主人に見せたのね。『これ素敵だと思わない?』って。そうしたら『そんな遠くに買ってどうする?』って一喝で断られまして……。仕事が一番忙しい頃でしたからね」 |
| 幸一さん |
| 「僕は長く商社に勤めていたんだけれど、定年になったら海外で暮らそうかということはずっと考えていたわけで、もともとそういう気はあったんですよ。その頃、家内の弟がシンガポールで日系企業の社長を務めていまして、しょっちゅうシンガポールへ遊びに行っていたんです。そうしたら、ちょうど大学の後輩がシンガポールでレストランを経営していて、その彼から『リタイヤ後に暮らすなら、これからの時代はゴールドコーストだよ』『気候や物価、治安もいろんなことを含めてゴールドコーストだよ』と聞きまして。彼はゴールドコーストでもレストランを経営していたので、そういう人間が言うことだから、それじゃあ行ってみようかということで1988年の年末に家内と二人で来たわけです」 |
| 最初のご旅行で物件を購入されたのですか? |
| 幸一さん |
| 「ゴールドコーストで不動産開発をしていた日系デベロッパーの営業マンとの出会いがあり、僕がゴルフが大好きだと言ったら、『ゴルフ場の中に家がありますよ』って言われたんですね。『ゴルフ場の中にある家』というものを初めは理解できなかったんですけれど、実際にここを見せてもらったら、前が14番ホールじゃないですか? こりゃいいや、と思って値段を聞いたらべらぼうに安いわけですよ。正直言って、衝動買いしちゃったんですよ、先のことも考えないで」 |
| 喜美江さん |
| 「その時は更地だったんですけれど、主人がいっぺんで気に入りましたの。わたしはもともと買いたいと思っていましたし、デパートの外商部がわたしに勧めていた住宅団地と同じでしたの。『神様が私の味方をして下さった!』と心の中でほくそ笑みましたね(笑)」 |
| 幸一さん |
| 「だいたい僕は決断するのが早いから、後で考えてとか検討してとか意味がないわけですよ。土地だけ買っておけば、退職した後に住まなくても売ればいいし、住むなら家を建てればいいと思ったわけです。それが1988年ですけれども、住宅用の更地を購入した外国人は一年以内に家を建てなければいけないということで、それからすぐに家を建てたんですよ」 |