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大阪府出身 中島豊・モコさん
 
ゴールドコースト日本人会「釣り同好会」の代表を務め、釣り名人として有名な中島豊さんとお嬢様のモコさんにお会いしてきました。1.25エーカーの土地ではアルパカやニワトリを飼ったり、果物やお野菜を育てられたりして、健康的な毎日を過ごされています。父娘の暮らしぶりや長生きの秘訣などを語っていただきました。  
 
なぜオーストラリアで暮らそうと思われたのですか?
モコさん
「もともと、わたしがオーストラリアで暮らしていました。船旅が好きだったので、オーストラリアには船で来たんです。30年前は世界的に船旅の全盛時代で、シドニーハーバーに毎日船が入っていました。日本とオーストラリアも毎月船が行き来していましたね。わたしがシドニーで滞在していた所がクレモンポイントといって、オペラハウスが見下ろせて、客船が着くサーキュラーキーが真横というロケーションでした。毎日入ってくる船を眺めながら『住むんなら、こういう所がいいなぁ……』って。で、わたしがこちらに住んでいるところへ父が何度か遊びに来ていました。釣りとゴルフがとにかく好きなんですよ。釣りはそれこそ70年〜80年の歴史だし、ゴルフもちょうど面白さがわかってきたところで、どんどんやりたい頃だったんですね」
豊さん
「家族呼び寄せビザでオーストラリアに来て、最初の2年ほどはシドニーにおったんですよ。ブルーマウンテンの中腹に土地を買って、本当にいい所でしたね。後で聞いたところによると、世界のベスト10に入るらしいですよ。いわゆる、喘息の人たちが転地療養に来る場所でしたね。病院はないんですが、来た時にリウマチで杖をついていた人が、そこで元気になってゴルフをしていたり」
ゴールドコーストに移ってこられたのはどうしてですか?
豊さん
「冬の間はゴールドコーストに来てね、ホリデーユニット(短期で借りれるコンドミニアム)に泊まっていたんですよ。わたしは魚釣りが好きなので、ブルーマウンテンの山の中でもボートを持っていて、シドニー湾まで引っぱっていって、釣りをしていたんですよ。それが、ここへ来たら、フィッシャーマンズワーフの桟橋でね、こ〜んなに大きな黒鯛が簡単に釣れるんですよ! 毎日行ったら、毎日釣れるんですよ! それで、これはもうここへ来ないといかんっ! ということで移ってきたんです(笑)。それがちょうど87年ですね」
モコさんも一緒にゴールドコーストへ引っ越しされたのですか?
モコさん
「父たちの家とわたしの家と、それぞれ買いましょうということで。あの時は3日間くらいで決めちゃいましたね。わたしはアッシュモアに家を買い、父たちはマーメイドウォーターに。ところが、母はこちらへ来る引っ越しの途中で亡くなったんですよ」
豊さん
「シドニーからゴールドコーストへ来る途中のコフスハーバーの病院でね」
モコさん
「心臓麻痺だからどうしようもなかったんですよ」
豊さん
「それでね、買った家の二部屋だけは家内と二人で綺麗に塗りかえていたんですよ。後は引っ越してきてからしようっていうことで」
モコさん
「でも一人になったから、一緒にアッシュモアの家に住もうって。それで、最初の半月ぐらいは一緒に暮らしたんです。でもやっぱりね、一度は母と一緒に住もうと思って買った家だから、一度くらいは住んでみたいって父が言うんですよね」
豊さん
「せっかく二人で買って、引っ越してきたんだから、一度は一人で暮らしてみようと。ダメだったらまた娘のところへいこうと思って。その時考えたのがね、60歳をこえて家内に先立たれた友達っていうのはだいたい2〜3年しか生きないんですよ。どういうもんか、男は結局、寂しくなるのかなぁ……。ともかくわたしの知っている範囲では早くて2年、遅くて3年くらいで。3年ぐらいだったら娘のところへいくよりも、せっかく買った家にいて、ボートでも買って遊ぶか! ということでやってみたんですよね。これが、なかなか死なないんですよ(笑)」
モコさん
「本当に遊びほうけていたと思いますよ! とにかく毎日海へ出ていましたから」
海の遊びというと、やっぱり釣りですか?
豊さん
「あの頃はよく釣れましたもん。わたしは魚を釣るのは好きだけれど、食べるのはあんまり好きじゃないでしょう? だから釣ってくると、かつおでも何でも一匹をポンっとあげるんですよ。鯛なんて一匹やそこらじゃないよ、『何人?』って聞いて『うちは5人です』って言われると5匹あげて。日本人は魚をあげると喜んでくれて、わたしをチヤホヤしてくれるから、だんだん居心地が良くなってきたんですよ(笑)」
モコさん
「もう、本当にね、父は人様から大事にしてもらっています。一人で住んでいたでしょう? わたしの家と15分しか離れていないとは言え一人で暮らしているもんだから、お魚をあげるとね、それがお肉やいろんなお惣菜に化けてくるんですよ(笑)」
豊さん
「日本からのお土産に『中島さん、甘いもの好きだから』って言って羊羹を持ってきてくれたりね。われわれは、日本にいるときに虎屋の羊羹なんて食べませんよ(笑)。それが、虎屋の羊羹やいろいろな地方の名物を持ってきてくれるから、ええもんばっかり食べさせてもらっていましたよ」
皆さんに配ってまわれるほど、毎日必ず釣れたのですか?
豊さん
「必ずです。鯛なんてどんな素人でも釣れるんですよ。日本で鯛釣りっていったら大変だけれど、ゴールドコーストでは一番釣りやすいんですよ。勝手にエサに食いついてくれるから。かさごの釣れるところも知っていましたし」
モコさん
「かさご、日本の方は特に好きですよね。釣ったお魚をそうして喜んでもらえたら、いいですよね」
豊さん
「大きさが揃うんだったら売り物になるけれど。ただね、売ったってガソリン代にもならないんですよ。それよりタダであげて、皆さんに喜んでもらったほうがいいもん」
モコさん
「父が釣りから帰る途中『今から10分後ぐらいに、魚がいるんだったら持って行くよ』って言うと、『はい、お願いしますっ!』って皆さんぞろぞろとバケツだとかトレイを持って桟橋に出ていらっしゃるんですよ。ウォーターフロントに住んでいる人が多かったですしね。で、それぞれの方にお魚を渡して自分の家に帰ってきて。それから、海沿いじゃない人に電話してあげるんですよ、『お魚、とりにおいで』って。そうすると、何台もの車が家の前にずらずらっと並ぶんですよ(笑)」
今も釣りを楽しまれていますか?
豊さん
「今はチャーター船ですね。結局、自分で船を持つよりも安いんですよ」
モコさん
「そんなこと言っているけれどね、80歳過ぎたら保険がかけられなくなるんですよ(笑)。だから船が持てないの」
豊さん
「魚は十分釣ってきたんだから、自分の命が魚のえさになっても文句は言わないけれどね。とにかく何か事故を起こした時に、保険に入っていないとね」
とてもお元気でいらっしゃいますが、毎日を満喫させる秘訣は?
豊さん
「長生きする一番の秘訣っていうのはね、やっぱり、皆と話すことだと思うんですよ。年寄りばっかりでいたら、ろくなこと言わないもん。もう、腰が痛いだの、どこが悪いの、そんなことばっかり(笑)。やっぱり、若い人と話さないと。そうは言っても50代や60代の人たちはわたしのことを『お父さん、お父さん』って言いますけどね。それから、わたしが皆さんから大事にしてもらえるのは、いわゆる、日本においているお父さんを思い出すんじゃないかと思うんですよ。自分のお父さんに対して親孝行できなかったことを、たまたま中島が側にいるから、できるだけのことをしよう、そう思うんじゃないかなと。どうも、そういう気がするんです」
モコさん
「わたしね、父の素晴らしいところは、感動する気持ち、それから好奇心が本当に旺盛なことだと思うんですよ。あぁ、こんなもんか、っていうのがないんですね。『あぁ、すごいな!』『あぁ、頑張んなきゃ!』とかね。父からすごい刺激を受けますもの。わたし、自分の父が本当に誇りなんですよ。だから、うちの娘もおじいちゃんのことがすごく自慢なんですよ。もうじき22歳になりますけれど、いまだに友達を連れてきて『これ、おじいちゃん』って自慢げに見せるんですよね」
豊さん
「とにかく、わたしは皆さんからよくしてもらっています。わけのわからんことばっかり言っているような気がしますが、皆さんによくしてもらっているから、ここにおりやすいんです」

インタビューの始終、笑いの絶えない楽しい時間になりました。80歳をこえてなお、元気に生き生きとゴールドコースト生活を満喫されている中島さん。暮らしぶりを伺っていて、こちらがパワーをいただきました。何度も「皆さんによくしてもらっている」とおっしゃっていましたが、それは中島さんのお人柄あってのことなんだろうなと思いました。インタビュー後には可愛いアルパカを見せていただいたり、ご自慢の家庭菜園を案内してくださいました(満喫写真館参照)。そして、イチジクをもぎ取って試食させてくれたり、お土産に新鮮な卵やオクラやチリなども持たせてもらいました。これからもお元気で、ゴールドコーストの釣り名人としてご活躍くださいね!
インタビューコーディネイト/内山直記
取材・文・撮影/城文子
インタビュー/2006年03月08日