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鎌倉市出身 増永ジェームス寛さん
 
近鉄インターナショナルエクスプレス・ゴールドコースト支店の支店長であり、JTGC(ゴールドコースト日本観光協会)の会長も務められている増永ジェームス寛さん。オーストラリアの市民権保持者でもあります。永住権取得までのいきさつや、その後のお仕事のこと、市民権取得へのお気持ちなど、これから移住を目指す方にとって参考になるお話を伺ってきました。  
 
オーストラリアで暮らそうと思われたきっかけは?
ジェームスさん
「最初にオーストラリアに来たのが1978年で、3ヶ月間、バックパックを背負いながらヒッチハイクをしたりして観光目的でオーストラリア全土をまわったんです。最初シドニーに入って、それからキャンプのツアーに3週間くらい参加して。その時に知り合ったオーストラリア人がブリスベン出身で、彼の家でも世話になって、それが一つのきっかけではあるんです。その後、メルボルン、パース、タスマニアにも行って、最後の一ヶ月はブリスベン、ゴールドコースト地区にいました。そもそも、なんで、オーストラリアに3ヶ月間も来たかというと、学校の友達がたくさんアメリカへ留学していて、アメリカはみんな行くけれどオーストラリアっていうのはあまり聞かないので、ちょっと旅行してみようかなと思ったんです」
帰国後すぐに移住に向けて準備を始められたのですか?
ジェームスさん
「そうですね、日本に帰って、オーストラリアをもっと調べたら、移住ができる国だと。今でも国際協力事業団というのがあると思うんですけれど、そこに相談しに行ったら、いろいろ世話をしてくれて、移住計画申請の手伝いをしてくれました。カテゴリーに入っている職種についていれば、技術移住が可能です、と。自分は車関係の仕事をしていたので、ちゃんとライセンスをとって経験を積めば移住できますよということで。それで2年後にもう一度申請しにいったら、実は今のカテゴリーの中に車関係の仕事は入っていませんということで、それは困ったなと。そして、他に何かオーストラリアへいける方法はないのかと探してる時にワーキングホリデーのことを知りました。その時、もう結婚していたんですが子供がいなければ行けるということで、ビザを申請したんですね。それが83年です。ぎりぎり25歳で申請して、26歳の時に来たんです」
奥様やご家族の方の反応はいかがでしたか?
ジェームスさん
「僕がオーストラリアへ行きたいっていうのは、結婚する前から知っていましたし、逆にいえば彼女がオーストラリアを見たことがないので、行って生活してみて、できるかできないか考えるのも一つの目的ではあったんですね。で、彼女も気に入って、ここに住みたいねっていう話になりました。彼女の親にも僕の将来の目的はこれですと話していましたし、オーストラリアに永住する気持ちで下準備をしていて、何年後かにはオーストラリアに移住する可能性がありますと伝えていたので、そんなに反対はなかったですね。自分の父親も母親も戦後、米軍関係で働いていて、父は英語が堪能で、母は英文タイプをする人で、そういうこともあって、海外というものにそんなに抵抗はなかったかもしれないですね」
ワーキングホリデーからその後の永住権取得までのいきさつをお聞かせ下さい。
ジェームスさん
「1983年、まずは知り合いに紹介してもらってブリスベンのトヨタで働きました。でもワーキングホリデーなので、1年後には雇用証明書などをだしてもらってから日本に帰りました。それから85年の1月に永住権を申請したらまたダメで……。で、85年の8月頃にうちの家内が横浜にある友達の美容院にいったら、そこで髪の毛をいじってくれた人が『僕の知り合いにオーストラリア大使館で働いている人がいるよ。そんなにオーストラリアに行きたいんだったら、もう一度聞いてあげよう』ということで、彼が聞いてくれたら、確かに技術者としての車屋さんというのは7月以前のカテゴリーからはずれていたけれど、7月からまた新しく変わって車関係が技術職として入っているよ、というのを聞いて、また申請しました。それで、半年もたたないうちに永住権がおりました」
車関係のお仕事から観光業界に転職されたきっかけは?
ジェームスさん
「1988年にブリスベンでエキスポがあって、その時にトヨタで一緒に働いていたもう一人の日本人と『今、観光業に目が向いていて、人手が足りない。観光業をやるんだったら今がチャンスかもしれないね』と話していたんです。でも、その時は思い切りがなくて転職することはできなかったんです。でも、まぁ、そういう話がきっかけで、90年をむかえた時に上の子が産まれたこともあって、観光業もブームになってきて沢山の求人広告を見るようになり、じゃあ働いてみようか? という気持ちになりました。やっぱり観光のベースはゴールドコーストなので、最初はブリスベンから通っていたんですけれど、引っ越さなければ難しいだろうということで91年に引っ越してきて、それからずっとこの業界にいます。最初はガイドから始めて、今の会社には94年の4月からですね」
オーストラリアの市民権をお持ちだそうですが?
ジェームスさん
「国籍をとった理由というのが、オーストラリアで選挙権を持ちたいっていうのがありました。皆さんいろんな考え方はあると思うんですが、自分としてはどうしても宙ぶらりんな状態がいやだったというか、オーストラリアで個人として認めてもらいたかったんですね。かっこいいことを言えば、オーストラリアのために何かできればいいなっていうのもあります。今、こういう業界にいて、ゴールドコースト日本観光協会の会長も務めていますし、多少なりとも地元の観光業界に貢献していきたいっていう気持ちと、少しでもオーストラリアのために何かしたいなって」
ゴールドコースト日本観光協会の活動内容をお聞かせください。
ジェームスさん
「会員は日本人観光客にかかわっている75社が集まって組織が形成されています。方針としては。地元に根付いた日本の観光業の発展。今、業界が低迷している中でそれをどうやって盛り上げていこうかと。地元の人たちと一緒になってどのように日本にプロモーションしていこうかと。政府機関から非営利団体であるJTGCに対しての補助金をもらって、何が一番効果的かと皆で考えている状態ですね」
最後にお仕事のアピールをお願いいたします。
ジェームスさん
「サーファーズパラダイスの中心にあるフォーラムアーケードに、『 ツーリストビレッジ 』というツアーラウンジを設けています(満喫写真館参照)。名前の由来としては、近畿日本ツーリストのインターネットの公式ページの名前で、またツーリスト村ということで、旅行者が集まる場所として、それが今後ツーリストビレッジからシティへと広がっていけばいいなと。そこでは若い人から高齢の人までいろんな人のニーズに合わせて情報提供しています。有料ですがインターネットカフェもありますし、オーストラリア国内旅行、航空券や列車の旅のチケット、JRパスなどを販売したりしています。旅行関係のご相談も受けられる場所になっていますので、ぜひご利用していただければと思います」

永住権を持つ長期滞在者は多くても、オーストラリアの国籍までとってしまう方はそれほど多くないはず。骨をうずめる気持ちで移住してこられたジェームスさんの心意気を感じました。今後、オーストラリアと日本の観光業発展のために、ますますご活躍されることと思います。サーファーズパラダイスにある『 ツーリストビレッジ 』にはたくさんの情報が集まっています。旅行者の方も在住者の方も一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか。「ビレッジ」から「シティ」へと盛り上がっていくといいですね!
インタビューコーディネイト/荒木祥久
取材・文・撮影/城文子
インタビュー/2006年03月01日