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神奈川出身 柏木秋利・ひろ子さん
 
今回お話をうかがった柏木秋利さんは、ゴールドコースト日本人会のシニアゴルフ会・会長を務めていらっしゃいます。なんと、その日本人会主催の領事杯で、奥様のひろ子さんが優勝されたとか? 健康的にゴルフを楽しむコツも語っていただきました。  
 
いつ頃からオーストラリアに家を持とうと思われたのですか?
秋利さん
「9年前ですかね、1996年にこちらへ来ました。60歳で会社を定年退職して、その直後に女房を癌で亡くしたんですよ。それがショックだったこともあったし、いろいろなことがあって、神奈川県の鎌倉に25〜30年近く住んでいたんですが、そこを全部引き払ってこちらに来るって決めちゃったわけです。『オーストラリアで暮らすことにした』って言うと、まわりはびっくり仰天ですよ。突然、そういうことをするっていうので」
オーストラリアに決めたのはどうしてですか?
秋利さん
「仕事でけっこう海外へは行っていたんですけれど、ここへ来るとは思わなかったですね。オーストラリアは全くの研究不足で、本も見ていなかったし、旅行に来たこともないし。仕事では、もっぱらアメリカやヨーロッパが多かったのでね。だけど、不動産の営業の人に誘われて、ここへ来てみたわけ。そしたら、真っ青な空で、ゴルフ場もきれいでしょ? それで、ゴルフが好きなものですから決めちゃったんですよ。普通だったら、どういう場所で、経済状況がどうだとかちゃんと調べるのにね。だから、バカなことしちゃったのかなぁ? って、そういう意味では無謀だったの(笑)。それでここを決めてから、縁があって今の妻と出会ってね」
その時のオーストラリアの印象はいかがでしたか?
秋利さん
「最初は見るもの聞くもの、すべて珍しくてね。まぁ、とにかくこの空気と青空が気に入ったんでね。日本にいても、いろいろとむしゃくしゃすることもあったしね。その前にも、スペインだとかカナダとかハワイとか流行ったじゃない? でもハワイは物価も高いし、ザワザワしているし、私には向かなくて。だから結局は、あんまり研究しなかったけれど、ここに決めたのは、悪いことじゃなかったね」
滞在中は、どのような毎日を過ごされていますか?
秋利さん
「われわれ二人の遊びはゴルフが主体ですね。健康のためにね、ゴルフは歩くということで、カートに乗らないんですよ。ただ、ウォーキングするだけだと面白くないから、ゴルフをやりつつね」
ひろ子さん
「今日もアランデルのゴルフ場でやってきたんですが、2万歩あるらしいですよ」
秋利さん
「そう、1回やると、だいたい2万歩強ぐらい歩いているんですよ。日本にいた時にね、ご他聞にもれず、日本経済の高度成長の時にむちゃくちゃに働いたわけですよ。会社のために、働いて、働いて、走り回ってね。日本中がそうだったので、まっしぐらにやってきて、ふっと振り返ってみたら、もう60になって退職か……って。馬車馬のように働いてきてね、太っていたんですよ。検査してみたら、糖尿でしょ? 高脂血症でしょ? 心臓に油がいっぱい、肝臓にも脂肪がいっぱいで。ひどいですよね。こちらに来る前の健康診断で、『あなた、これは大変ですよ』って医者にも脅されたわけですよ。それで、こっちへ来てゴルフしながら歩くでしょ? それと食べ物や生活のサイクルも変わって、1年で12キロ痩せたんです。それで調べてもらったら、もう、糖がでていなくて、病気が良くなってきたの。そんなことで、今の体重の平均がずっと60キロぐらいで健康だから、非常に良かったと思います。それから食べ物がね、日本には美味しい物が多くて食べ過ぎちゃうんですよ。わたしは甘い物も好きだし、大福餅もいっぱい食べちゃうんですよ(笑)」
ひろ子さん
「日本のデパ地下が好きなんだよね?」
秋利さん
「もうねぇ、デパ地下へ行ったらダメなんですよ、美味しい物が豊富にありすぎて」
奥様は日本でもゴルフをされていたのですか?
秋利さん
「ここへ来てからすぐに始めたんですよ。もう、最初はひどくてね。練習を始めたら、ボールが全部、右の方へ飛んでいって、池に入っちゃうんですね。それで、どうしようもないから『手で投げろ!』とか言ってね。しかし、今になったら、もう、ハンディキャップも抜かれちゃったんですよ(笑)。本当に、だんだん上手くなって、領事杯で優勝したんですよ! 優勝カップをもらってね、これも楽しい会ですよ、日本人会のゴルフね。楽しいので今も続けているんですよ」
ひろ子さん
「週に3回ぐらいは必ず練習に行って。最初は、日本人会のコンペに入れてもらっても、迷惑かけながらやっていたのね。5年目ぐらいからかな? 知恵がついてきたのは。最初の頃はゴルフ場で後ろに次々と並んでくるじゃないですか? 『遅すぎる、この夫婦はダメだ!』って言われたこともあったくらいで。脱会させられるようなことが耳に入ってきたもんだから、あぁ、覚えなきゃいけないなって真剣に思って。で、いろんな人に教えてもらったり、人のきれいなスィングを見てやっていたら、上手く当たるようになって。そしたら次は、当たるんだけれどもスコアがまとまらなくて……。じゃあ、まとめるためにはどうしたらいいか? って紐解きながらやっていって、そうしたら、面白くなってきて」
秋利さん
「妻は今、女性では飛ぶほうですね。わたしと同じくらいですよ。そんなことでね、たまたま日本人会のお世話をするようになって、シニアゴルフ会の会長なので、今では優勝カップの渡し役です。自分は優勝できないのにね(笑)」
日本人会のゴルフコンペや領事杯は頻繁に行われるのですか?
秋利さん
「わたしがね、日本人会のシニアゴルフ会の会長なんて仰々しい名前でやっているわけです。シニアゴルフ会っていうのは、夫婦のどちらか片方が60歳以上で、毎月第2火曜日にやっているわけですよ。その優勝者が年に一回集まってやるのがマスターズって言って、これがまた楽しいんですよ。わたしは世話役でやっているんですが、遊びですけれども、楽しいですよ。女性参加はそんなに多くなくて、5〜6人ぐらいかな?」
ひろ子さん
「楽しいよね、わきあいあいの仲間で。あまりうるさい人もいないし(笑)」
それでは、これからもゴールドコースト満喫生活は続くわけですね?
秋利さん
「最初はここへ骨をうめようっていう覚悟もあったんですけれど、ちょっとまだわからないですね。『俺が死んだら骨を散骨してくれ。ゴールドコーストの海へ、パアッとまいてくれたらいい』なんて、言っていたんですよ。でも、今はわかりませんねぇ。こうやって暮らしていると、『ああ、いいなぁ』と思って一日一日過ぎているんで、有難いですけどね。まず第一に、健康だしね」
ひろ子さん
「日本に帰って、『じゃあ何するの?』ってなったら、冷めちゃうんですよね。やっぱり、ここのほうがいいなって。元気なうちはここでね」

きちんと整理された写真アルバムを見せていただきながら、ゴールドコーストでの楽しい時間についてお話していただきました。夫婦で楽しめるようにとこちらに来てからゴルフを始められたひろ子さんですが、領事杯では優勝されるほどに腕を伸ばされたようですね。きっと二人三脚で練習に励まれたことと思います。その一方で秋利さんの健康も快復したことですし、まだまだお二人の満喫生活は続きそうですね。今年の領事杯では、お二人揃っての優勝を期待いたしております!
インタビューコーディネイト/内山直記
取材・文・撮影/城文子
インタビュー/2005年05月26日